
向田邦子ドラマのすごさ。
質の低下が叫ばれるテレビドラマの中で、やはり異彩を放つのが
「向田邦子ドラマ」だ。なぜ、向田作品は、視る人を引きつけるのか。
作家で五感生活研究所の山下柚実氏の視点は、こうだ。
最近のテレビ番組はつまらない。そんな悪評ばかり耳にしますが、
時に突然変異のようにきらめく作品が出現します。
今、NHK・ドラマ10で放映中の「向田邦子ドラマ 胡桃の部屋」
(全6回 主演松下奈緒)。人が隠し持つ静かな狂気と情念と哀しさを、
見事に描き出すシーン。背筋がぞくりとした人も多いのではないでしょうか。
異様な魅力を放つ連続ドラマ、4回までの平均視聴率10.2%
(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と好調。同枠で歴代最高視聴率を獲得した
「セカンドバージン」の最終回11.5%に迫る勢いです。
このドラマの魅力を一言で言えば、「シズル感」にある。
「シズル感」とは、広告業界で生まれた用語で、いきいきと匂いたち、
湯気が立ちのぼるような、リアル感のこと。説明的な言葉がなくても、
五感を通して特徴が伝わってくる優れた表現のことを指します。
例えば「シズル感のある広告表現」といった感じで使われます。
「胡桃の部屋」のシーンを振り返ると--
ふせた湯飲みが、人の不在を告げる。ふるえる指と拳が、
極度の緊張感と混乱を表す。理由もわからず夫に蒸発された妻(竹下景子)が、
突然、ドカ喰いを始める。ものを食べる音だけがお茶の間に空虚に響く。
手づかみで憑かれたように食べる背中に、捨てられた妻の混乱が、
怖いくらい浮き上がる。精神の闇を覗き見てしまったような、
そんな残酷なシーンです。シワやシミも、メイクで覆い隠さずに映す。
老いていく女の哀しさが、無言のうちに滲み出てくる。
特徴は、どのシーンもくどぐとしたセリフが無いことです。
ストーリーを説明する言葉を極力、そぎ落とし、その分、音や気配、
「シズル感」を存分に活かしています。
「シズル感」の語源は、実は英語の「シズル(sizzel)」。
肉がジュージューと焼け肉汁がしたたり落ちちる時の、音を表した擬音語です。
眉間の微妙な動き、声のふるえ、表情のちょっとした変化、目の動き、
肩におかれた手のひら。そんなささやかな気配の中に、
感情を鋭く読み取る私たち。
「コミュニケーションの動物」であるヒトの特徴を、
掴んだ上で作られているドラマだからこそ、「胡桃の部屋」は
人々を惹きつけるのです。見ている人は、言葉が無くても、
十分に筋を理解し感情を共有することができる。むしろ、
余計な言葉がないからこそ想像力を働かせたり、感情移入することができる。

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